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天国のお父さんへ「パパとたくさん話せて幸せでした」

紀子さんから届きましたお手紙をご紹介します。

紀子さんからお父さんへ「天国への手紙」

パパへ

ママが亡くなってから一年2ヶ月。
まさかパパまでいなくなっちゃうとは思わなかったよ。

今日で9日経ったけど、何にもやる気が起きなくて…

10月、最後に病院付き添った帰り、パパさ、ママの最期の時の話を紀子に聞いてきて、家で泣いたじゃん。ママに会いたくなった?

あの日さ、紀子、話したいこと話せて良かったよ。ほんと、話せて良かった。

『家族のためにいろいろしてくれてありがとう。』『自慢のお父さん、お母さんだよ。』『パパのこと大好きだよ。』

『紀子は離れて仙台で暮らしてるから、ママのことは手元供養してるよ。もしパパも亡くなったら、パパも一緒に供養するからね。ずっと一緒だよ^ ^』
『パパと紀子、どちらが先に亡くなるかわからないけど、先に亡くなった方が後に亡くなった方を必ず迎えに来るようにしようね。約束だよ。』

不思議だね。
いつもはそんな話をしないのに、なんだか『言わなきゃ』って感じたの。

あの日の検診、先生から『合格!』まで言われるくらい状態良かったのに。
施設に戻って、紀子とバイバイしてから気落ちが激しくなったってスタッフさんに聞いた。

心配で心配で。
その後すぐ体調崩して肺炎で入院して。
でも回復しつつあるって聞いたのに。

大腸癌、前立腺、肺炎、胸部動脈瘤、いろいろ爆弾抱えてるのに、死因が『老衰』って。

急に痩せたし、自力での歩行が出来なくなってきたし、疲れやすくなったし。
心配だったけど、紀子の頭の中には『老衰』なんて情報が無かったよ。老衰の知識持っていたら、もっと早くサヨナラが近いって気づけてあげられたんじゃないかと思って、悔しくて。

他に抱えてる爆弾のことばかり勉強してた。

でも最期は、未明3時『寝てる間に』だったそうです。
看取れなくてごめんなさい。ママを看取れなかったから、パパは絶対看取ると心に決めてたのに。

葬儀が終わってから、和尚様に聞いたの。
『私が父に、亡くなったらの話をしたからこんな事になっちゃったんですかね…』って。

そしたら、『お父様は安心したんだと思いますよ。きっと安心して亡くなられたんだと、私は思います。』

涙止まらなかった。
でも少し救われたんだ。
苦しまなくて良かった。
安心してくれて良かった、って。

ママの時と一緒、遺骨を少し分けてもらって、仙台に連れてきたよ。言ったでしょ、ずっと一緒だって。また家族一緒に暮らせるよ。施設で淋しい思いさせたもんね。もう淋しくないよ。そばにいるからね。

親が二人ともいなくなるって、こんなにしんどいんだね。まさかの二年続けて喪中はがきだよ。

ママが作ってくれたパパとの一年2ヶ月という最期の時間、パパとたくさん話せて幸せでした。もっと思い出話もしたかったけど、続きは毎朝手を合わせる時にお話しするね。

ありがとう、パパ。
大好きだよ。

紀子

お手紙ありがとうございました。

紀子さんの思いが、お父さんへ届きますように。

またお待ちしていますね。 日高りえ

 

 

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