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カウンセラーのプロフィール

グリーフケアカウンセラー 日高りえ

悲しみを癒すだけではなく、幸せを見つける場所

 

ご挨拶

こんにちは、グリーフケア(死別専門)カウンセラー&メッセンジャーの日高りえ(エンジェルQP)です。

私は、24歳の時に夫を亡くしています。
その日に、いきなり私の人生は終わりました。

押し寄せる後悔と罪悪感。これから先の不安
これ以上生きていたくない。

そう思って、半ひきこもりの生活
地べたを這いずり回る日々を送ってきました。

長年にわたり、喪失感や辛い気持ちを抱えたまま、無放置
当然、人生は上手くいかず生きづらい日々が続きます。

 

10年以上経って、カウンセリングの勉強を始めました
そして、自分自身もカウンセリングを受けることに
そこで、いまだにこんなにも涙が出るんだと、驚くような体験をしました。

カウンセリングに必要な知識を習得する中で、
自分の経験を通して、死別後の落とし穴を発見

世間で知られているグリーフケアでは足りないこともわかり、
必要な要素を取り入れたカウンセリングメソッドを提供
そして、スピリチュアル知識も必要と痛感。

「幸せになりたい」そう思うのであれば、
何年経っていても遅くはありません。

つらい気持ちを吐き出すだけで、
生きる意味を取り戻し、希望の光が差してきます。

私のように、長く辛い思いを抱えないように
そんな思いでカウンセリングを行っています。

あなたの愛と人生を満たすグリーフケアカウンセリング。
720名(※)の喪失体験を生きるエネルギーに変えてきたカウンセラーが寄り添います。

※2021年2月現在

 

また、メッセンジャーとして、毎日メールでメッセージを配信し続け、これまでの配信数は6570件を超えています。

 

もう少し詳しいプロフィールは以下でご紹介しています。
詳しいプロフィールを見てみる

いきなり人生が終わった日

1994年の2月の明け方。就寝中の時、突然に家のチャイムが鳴りました。明け方と言っても、冬なので外は真っ暗。夫は帰宅しておらず、家には私一人です。怖くて玄関を開けることはできません。

それでも、何度も押されるチャイム

そのうちに、隣の家のご主人の声が聞こえてきました。そして、私を呼んでいます。何だろうとは思いつつも、隣の家のご主人がいるので安心だと思い、玄関のドアを開けました。

そうすると、隣の家のご主人と共に、知らない男性が…。神奈川県警察の高速道路交通警察隊の方でした。「ご主人が交通事故に合いましたのですぐに一緒に来てください。」とのことでした。

よくわからない。なにが起こったんだろう。

とにかく、着替えて、カバンを持って、そして、なぜかわかりませんが、サングラスも持っていくことにしました。

そして、家から1時間くらいの神奈川県警に、連れていかれました。

車の中で、「(夫は)大丈夫なんでしょうか?」と尋ねました。しかし、返答は「私たちもよくわからないんです」。そう言われました。

県警につき、事故の詳しい内容を聞きました。運転を誤り、高速道路から下の一般道に落下したこと。単独事故で、他にケガをした人はいないこと。そして、ほぼ即死だったそうです。24歳の小娘が、たった一人で、こんな話を聞かされていました。

突然の別れ。一瞬で私の人生は終わりました。

 

自分だけ時間が止まっていた

県警からの帰り道。時間は、朝の7時を回っていました。通勤時間帯で、電車は結構混んでいました。私の人生に、とんでもないことが起こったのに、乗り合わせた人たちは、みんな昨日と同じ日常。

奇妙な光景です。

私だけが、運命に翻弄され、ぼーっと時間が止まっていました。

周りが日常の喧騒の中、私だけの時間が止まっている。止まったところから、周りの動きを見ている。現実と自分が乖離している状態。

心は止まっているのに、涙だけは流れてきます。無表情なのに、涙は流れます。家からなにげに持って出たサングラス。こんなことになることを予感していたのでしょうか。サングラスのおかけで、泣き顔を見られずにすみました。

 

周りの人に助けられる

自宅に帰宅。でも、まず何をしたらいいんでしょうか。

夫の会社にも知らせなくては。

朝9時になるのを待って、夫の会社に連絡。でも、なんて言ったらいいのか…。もじもじしていると、「いつもお世話になってます」明るく元気な声で挨拶してくれました。亡くなったことを伝えると、とても驚かれましたが、「すぐにこっちで色々やりますから。」と言ってくれました。「仕事関係のことは全くわからないので、よろしくお願いします。」そう言って、電話を切りました。とても心強かったのを覚えています。

北海道の父から「これからそっちに向かうから」と連絡がきました。泣いている私に、「しっかり見送ることが大事なんだよ」と言われ、少しはシャンとした気がします。
次に鳴った電話は、千歳に住む兄からでした。「今からすぐ行くから」と言ってくれて、とても嬉しかったのを覚えています。この兄の言葉を思い出すと、今でも涙が出てきます。

その後は、両親が到着して、兄夫婦も来てくれて、義理のお母さんも来てくれました。隣のご主人は、葬儀場のことなどを教えてくれました。
また、近所の方が、おにぎりとお味噌汁を持ってきてくれたのを覚えています。まったく、食欲はありませんでしたが、ほんとうにありがたいことだったと思います。

たくさんたくさん、周りの方に助けていただきました。

 

私が殺したんだ

葬儀が終わり、事故現場を行ったり、会社の方にお話を聞いたりしました。そして、事故当日の夫の行動がわかってきました。

仕事後に、打ち合わせでお酒を飲み、当然、車を置いて帰ると思いきや、車で帰ると言ったそうです。理由は、・・・。私のせいです。翌日に、私を駅まで送るため。朝はいつも、駅まで送ってくれていました。それが日課だったからです。

飲酒しているのに、私のために、わざわざ車で帰った。しかも、事故の時間は、私がポケベルを鳴らしていた時間。運転中にポケベルに気を取られたのかもしれない。

「私のせいで夫は死んだ」
後悔と罪悪感。

この思いは、カウンセリングを受けるまでの、10年以上もの間、持ち続けることになり、私を苦しめることになりました。

これから先の不安

それまで私は、役者の仕事や舞台の稽古に取り組んで、楽しく暮らしていました。ですが、一夜ですべてが変わりました。
これから先、どのように生きていったらいいんでしょうか。私は夫に依存していました。甘えさせてくれる存在でした。収入源も旦那です。大黒柱をと心の柱を失いました。
そして、現実的な問題もあります。東京都下で、一軒家に住んでいました。賃貸でしたが、家賃の金額さえ知りません。引っ越しを余儀なくされました。

そして、こんな後悔もありました。実は、亡くなる数日前から、旦那とけんかをしていたんです。会話することを拒否していました。それでも、旦那は私を駅まで送ってくれていました。そして、最後の日、会話をしないことにだんだん疲れてきた私は、そろそろ無視はやめようかなと思い始めていました。口を聞こうかな。そう思っていた矢先の出来事だったんです。
けんかの原因なんて、今では思い出せないほどにちっぽけなことです。いらぬ意地を張って、その日が最後とも知らずに、なんて愚かだったんでしょう。自分の幼稚さを恥じました。

 

ひとりの家に帰る不安

電気のついていない家に帰るのが本当に嫌でした。すごく仲が良かった夫婦でもなかったと思います。それでも、普通に仲はよい夫婦でした。

いつもは、家に帰ってくるときに、「もう帰ってきてるかな?どうかな?」そう思って、家の明かりを確認します。「まだ帰ってきてない」「あっ、帰ってる」って思うのが、楽しみでもありました。
でも、その家に明かりが灯っていることは、もうありません。

そして、一軒家の家は、一人でいるのは寂しすぎます。防犯的な怖さも増してきます。泣いても、なにをしても、慰めてくれる人さえいません。

会いたい。でも、会えなくしたのは自分…。

 

これ以上生きていたくない

そして・・・

それから数か月後、自殺未遂を起こします。遺書を書いて、親友に電話しました。死ぬことは伝えませんでしたが、「いままでありがとう」と伝えました。後で知りましたが、親友は、様子がおかしいと、私に実家に電話してくれていました。

死のうとしました。けれど、死ねませんでした

そして、死ねなかった自分も、情けないもんです。

その後は、霊感のある友達が、自殺したら暗いところに行って一人で閉じ込められるだよ。そう私に言いました。それが怖くて、その後は、死ねことができませんでした。ほんとうに、それを考えると怖かったです。
今では、亡くなった後にどうなるかは、わかっていますが、当時は、本当にこれが抑止力となってくれました。

友人に感謝です。

 

半ひきこもりの時期

ほんとうは、引きこもりたかったです。今思えば、鬱だったと思います。そんな状態を察してか、友人は私を外に連れ出そうとしてくれました。約束はするのですが、いつもドタキャン。約束したときには行こうと思うのですが、当日になると、行きたくなくなるんです。

大黒柱を失って、働かなくてはいけなかったので、完全に引きこもることはできませんでした。ですので、半引きこもりです。仕方なく働きに出かけ、それ以外は、ひきこもる。

当時は、まだインターネットもない時代。情報を探すこともできず、身近に死別した人もいない。本当に孤独でした。

死ぬ勇気さへ持てず、なんで、私はこんな運命をたどるのでしょうか。私は、夫が亡くなったことよりも、自分の運命を受け入れられずにいました。

 

自信を失い地べたを這いずりまわる日々

その後は、世間の荒波にもまれっぱなしです。役者の仕事は、うまくいきません。見るものは私を傷つけます。幸せそうな夫婦や家族。自分の両親、兄夫婦も、配偶者がそろっているだけで、私はいたたまれなくなります。

そして、人の言葉にも傷つきます。大抵は悪気がなくいう言葉でした。ですが、故意的な言葉もありました。今でも覚えているのが、影で言われていたこんな言葉。

「あいつ、旦那死んで寂しいから、誘えばすぐについてくるよ」

これは、私が言われた中で一番傷ついた言葉です。今でも、腹が立ちます。

こんなに日々を送る中、だんだんと、自己肯定感も下がり、自分への自信もなくなりました。完全にネガティブ人間です。人ってネガティブに入ると、さらに自分はダメだーって、2倍にも3倍にも、自分を卑下して悪循環に入っていくんですよね。幸せな人をねたんでいて、うらやましかった。未来は描けず、ただ生きているだけ。ただただ、地べたを這いずり回るような日々でした。

生きることも嫌でした。死ぬこともできませんでした。罪悪感も抱えていました。

それでも、私はどこかで「幸せになりたい」。そう思っていました。

 

カウンセリングの世界に

死別から11年後。一生やれる仕事を持ちたいと思いました。そこで、出会ったのが雑誌で見たコーチングでした。コーチングとは、人のやりたいことを叶えてあげるお手伝いをする仕事です。

「なんて素敵なんだろうと思いました。」

そして、同時に心理カウンセリングにも興味を持ちました。それは、友達と電話していた時のことです。私が悩みを話していたはずなんですが、いつの間にか逆転して、友達の悩みを聞いていました。そうすると、不思議と、私の悩みは消えていました。

今まで、自分のことしか考えてきませんでしたが、人の相談に乗ることって嬉しいな。喜んでもらってよかった。そう思いました。

実は、20歳のころから、犯罪心理学に興味がありました。また、精神世界ことが書かれている、アメリカの女優シャーリーマクレーン著書のアウト・オン・ア・リムにも、いたく感銘を受けていました。日本で翻訳されている本はすべて読破。今でいうスピリチュアルです。私たちは、自分だけの力で生きているわけではない。超越したなにかがある。そんなことを知り、悟りたいと思うようにもなりました。

そして、私は、カウンセラーを次の職業にしようと決めました。

 

いよいよ私もカウンセリングを受けることに

カウンセラーの学校で、カウンセリングの割引券をもらいました。カウンセラーにはなりたかったけど、自分がカウンセリングを受けるなんて、全く思っていませんでした。
1回2万円を超した価格で、当時の私には、とても思い切った金額でした。

そこで受けたカウンセリングは、衝撃でした。なんと、驚いたことに、約2時間泣きっぱなし。それも、まるで子供の用に、嗚咽しながら泣いていました。鼻水もいっぱい垂らしました。

なに?なに?なんなの!

死別から10年以上も経っているのに。私は、心にこんなにも大きな傷があったんだ。心を癒すことを知らず、一人で抱えてきた結果、心の傷は、とてもつなく大きくなっていました。生きるのが辛くて当たり前です。

そして、カウンセラーの先生から、「もう思い十字架を下していいじゃないですか?本当に人を殺したとしても、もう刑務所から出ていていますよ。」そう言われました。

そうか、私は重いものを背負っていたんだ。だから、苦しかったんだ。だから、重かったんだ。そう気が付くことが出来ました。

 

不幸なのはだれのせい?

その後、私はカウンセリングの勉強をしながら、自分自身もカウンセリングを受け続けました。なぜなら、「死にたい」って思いが、消えずに残っていたからです。

本気で死にたいと思ったわけではありません。死別してから14年経っているため、大きな感情の渦に巻き込まれることはありませんでしたが、けっしてHappyではありませんでした。

自分にとって都合の悪い出来事が起こると、「死にたい」という気持ちが顔を出します。旦那が死なければ、こんなことは起こらなかったのに。私は、幸せに恵まれないかわいそうな人。そんな自分が出来上がっていました。

いつまで私は、自分の不幸を旦那のせいにしているのでしょうか。私の人生の不運は、旦那のせいでしょうか。

違います。自分のせいです。

自分の人生は、自分の責任と気がつきました

自分が自分を幸せにしてこなかったからです。旦那でも、運命のせいでもありません。いつまで旦那に依存しているんでしょうね。

私を苦しめていたのは、旦那の死ではありません。それにまつわる、自分の思いだったんです。夫をかわいそうな人にして、それは、自分のせいだと罪悪感を抱え、私自身もかわいそうな人になっていました。私は加害者であり、被害者。長い間、そう思い続けていました。

けれど、私も夫もかわいそうな人ではありません。きちんと本当の人生を生きよう。そう思ったとき、私たち2人に、やっと光が当たりました。そして、私は、長年抱えていた罪悪感を手放すことができました。

私が、ここまで立ち直れたのは、カウンセリングのおかげです。そして、もう一つ、「幸せになりたい」、その思いを、持ち続けたことだったと思います。勇気を持ってカウンセリングを受けて、本当によかったと思っています。

 

死別後の落とし穴に要注意

その後、心理学だけではなく、スピリチュアルの勉強もがっつり行いました。死んだらどうなるのか、亡くなった人はどう思っているのか。また、生きるとはどういうことなのか。辛いことが起きないようにできるのか。悟りとはなんなのか。勉強する中で、私は自分の運命を、受け入れることができました。

勉強したものは、心理カウンセリング、コーチング、NLP、認知行動療法、グリーフケア、レイキ療法、カラーセラピー、サイキック、ミディアム(霊媒師)、スピリチュアル、非二次元、悟り、引き寄せの法則などなど。

たくさんのことを勉強する中で、私が立ち直るのに、こんなにも年数がかかった理由がわかりました。自分がどんな考え方が、落とし穴だったのか、自己分析しながら、よくわかるようになりました。

大きな悲しみが抜けた後(乗り越えつつある時)が大切です。きちんとメンタルを整えないと、人生の落とし穴にはまってしまいます。私はたくさんたくさん、落とし穴にはまっていました。今更ながらなんてことでしょうか。

死別後の落とし穴。要注意です。

死別後のグリーフケアは、とても大切ですが、私は自分の体験と、これまで720名以上の相談をうかがってきて、それだけでは足りないと痛感しました。

落とし穴にはまらないように、悪循環にはまらないように、必要な要素を取り入れたカウンセリングを行っています

そして、もう一つ、スピリチュアルも大切な要素です。

私たちは、生かされている存在ですから。

 

長く辛い思いをしてほしくない

私は、自分の経験から、大切な人を亡くした方に「長く辛い思いをしてほしくない」と思っています。自分のようにはなってほしくないんです。そして、辛いことがあったからこそ、幸せな人生を生きて欲しいと思っています。

あなたの本当の笑顔を取り戻してください。
あなたの笑顔が、周りの人に広がっていくことを願っています。

「りえさんに出会えてよかった」

そう言っていただく相談者さまが、多々おります。

かつての私のような悩みを持ち、生きづらさを感じている方。毎日が辛く、生きていくのがやっとだという方。
そして、それを何とかしたい。暗闇でもがき続けながらも、「幸せになりたい」と、思っている方に受けていただきたいと思っています。

カウンセリングを初めて受ける時は、とても不安があると思います。

「良くなりたい。楽になりたい。」
「でも、本当に良くなるのだろうか・・・」

このような葛藤があると思います。

でも、ほんの少しの勇気が、あなたの未来を素晴らしいものにしていきます。

あなたの人生は、あなた次第で決まります。

どうぞ、安心して何でもお話ください。
死別後の心と体を癒すプロが、あなたを全力でサポートいたします。

 

 

お客様のご感想

カウンセリングやメッセージによって、こんな感想を頂いています。

◆私は、主人のことを自分の中で十分わかっているのに、誰かにあと押ししていただきたくてもがいていました。心が救われました。

◆家族に話すことは、せっかく元気になろうとしているのに私の辛さに巻き込むのはと遠慮してしまいます。誰かに話すことで少しだけ気持ちが落ち着いたような気がします。ありがとうございました。

◆涙をいっぱい流した後に、優しい彼が浮かびました。これからも彼と生きたいと思います。暖かいお言葉をありがとうございました。

◆毎日が辛くて仕方がなかったのに、だんだんと心が癒されてきています。

◆朝起きるのが怖かったですが、朝を迎えるのが楽しみになりました。

◆本当に母が言っているように思えました。

 

メディア掲載

光文社「HERS(ハーズ)」に死別専門カウンセラーとして掲載

講談社「週刊現代」に死別専門カウンセラーとして掲載

教えて!gooウォッチに「配偶者が亡くなった際、悲しみを乗り越える方法」を掲載
JIJICO 「心の痛みに寄り添うグリーフケアとは?」を掲載
OVO [オーヴォ] ペット大好き!
キャリコネニュース

ちょっと異例な経歴をご紹介。

1969年北海道旭川市生まれ。
地元の高校を卒業後、劇団に入るために東京に上京。
劇団四季で「美女と野獣」などに出演。
その後も、テレビやCM、イベント、声の出演をしています。
日本橋三越劇場では、ファミリーミュージカルに主演し、全国公演を行ってきました。

役者を続けながら、カウンセリングに出会い、2012年24時間テレビ スペシャルドラマ「車イスで僕は空を飛ぶ」の原作となった、車イスのカウンセラー長谷川泰三氏を師匠に持つ。

 

余談ですが、韓国の王宮ドラマ好きです。
また、ぬいぐるみ好きが高じて、羊毛ゆるきゃらクリエイターとして、『癒し隊(癒したい)』を製作

ファンボイスのサポーターです。

ゆるきゃら羊毛フェルトクラブ

『癒し隊(癒したい)』

instagram @iyashitai_dayo


会社概要

名称   ファンボイス
事業内容 相談業、メッセージ配信の提供、朗読セラピーの提供
代表   日高りえ
所在地  〒107-0062 東京都港区南青山2丁目2番15号 ウィン青山942


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