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日野原重明さんからのラストメッセージ「永遠に生き続けている」

カウンセラーの日高りえです。

105歳で亡くなった聖路加国際病院名誉院長の日野原重明さん。

NHKのクローズアップ現代で特集されていました。

私自身、そんなに詳しく存じ上げていたわけではないんですが、すごい方だったんだなあと感服しています。

日野原さんは、ベストセラーの著者でもあり、新老人と言う言葉を世に広げる。
医師として日本でいち早く予防医学に取り組み、人間ドックを導入。生活習慣病と言う捉え方を普及させる。
また、終末期医療に尽力し、国内で初めてホスピス専門の病院を開設。

日野原さんが、生涯をかけて問い続けてきた言葉は、「生とは何か 死とは何か。そして死をどう生きたか。」

その原点となったのは、33歳で経験した東京大空襲の体験。無念の死を遂げてい人たちの姿をみて、無力感にさいなまれたといいます。

そして、患者であった16歳の少女の死から、終末期医療に力をいれ、患者の理想の死を追求してきました。

「その最後にね、ありがとうって言う自分が生を与えられたことに対する感謝をね、いろんな方面にね、自然にこう声が出るようなことがあればいいと思いますね。
だから私はいよいよ苦しい時にモルヒネやなんか、いろいろするけれどね、意識が全くなくなってしまうと感謝の言葉が出ないから、そこまで強いね、お薬を使わなくても、あー今死んでいく自分だって言うことがわかる意識があればね、その時にその人はそういう言葉を心の中にでもね、出すことができるように思うわけですよね。」

 

医師としての立場だけでなく、最愛の奥様の死、そしてご自身の死についても語られていました。

最愛の妻静子さんは80歳過ぎてから体調が悪化し、93歳で亡くなられました。

医師として静子さんらしい死を迎えてほしいと強く願った日野原さん。その一方で夫として妻の死を前にして崩れ落ちそうになる自分も感じていたそうです。

「私自身の生き方とか、命を考えるこんなにシリアスに訴えてくることは今までなかった。
もうこの病気はやむを得ないんだから、もうベストを尽くしたから、これで諦めざるを得ないというような気持ちで今までは水に流されたのが、今はね、水に流すようなことが考えられないね」

妻静子さんの死という大きな出来事のあと、日野原さんは死をどう生きるかというテーマに向き合い続けたそうです。

「最期の言葉としてね、ありがとういう言葉をね、なんらかの言葉か何かの表情か、言葉がでなくなった患者が目でありがとうということを、周辺の人に介護をしてくれた人に表すような目のサインをね送ることができれば、私は非常にですね、人生はですね、生き甲斐があったものと思える。」

 

そして、日野原さんはご自身の死と向き合いきれずにいたといいます。

「そこにはやっぱり不安と怖さがあるよね。」

7月18日、日野原さんは105年の人生に、感謝の気持ちを伝える最期だったといいます。

子どもたち一人ひとりにラストメッセージを伝え、感謝の言葉で旅立たれたそうです。

「僕の存在がいなくなったときにあなたが1番悲しむのは得わかっている。でもそんなに悲しまないでないでほしい。」

 

日野原さんが最後まで求め続けた「死をどう生きたか。死をどう生きるか。」について、ノンフィクション作家、評論家の柳田邦男さんが解説されていました。

人間のライフサイクルと言う見方でみると、従来のライフサイクルと言うのは、生まれてから中年期に最高になって、そしてやがて下り坂で死で終わる。と言うんですけども、これは大事なところが抜けている。それは精神性の命なんですね。

人間の精神性と言うのはむしろ定年後とか病気をしてから成熟して成長するんで、しかもそれは死で終わらないで、亡くなった後も、その人が残した生き方や言葉っていうのは後を継ぐ人の中で生き続ける。

これは今までの日本の人々の考えやことに支配的だった、老いや死を暗く考えると言う考えを180度変えて、むしろチャレンジする新しい生き方なんだっていうことを、日野原先生は身を持って教えてくれた。

私はそういう死後の在り方、死後生って呼んでるんですけど、これを考えると今どう生きるかっていうことへの問いかけであり、それが死を生きるということなんだ。こういうメッセージなんではないでしょうか。

 

日野原さんは、東京大空襲の体験、そして患者であった16歳の少女の死、最愛の奥様の死、生涯で1000人も超す患者の死を看取ってきた経験を通して、とても大きなラストメッセージを私たちに伝えてくれました。

「亡くなった方が残した生き方や言葉、そして愛情や思いは、今生きている人の中で変わらずに永遠に生き続けている。」

これは、日野原さんだけの力ではなく、亡くなったおひとりおひとりの力であると思います。

生きている人は、愛する人の記憶を受け継いでいく責任があるのかもしれませんね。

私自身も、日野原さんからいただいたラストメッセージを多くの方に伝えていきたいと思います。

日高りえ

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