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父母を亡くしたキンタロー。さん 天国へ届けるダンス

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グリーフカウンセラーの日高りえです。

お笑い芸人のキンタロー。さんが、 アメリカのマイアミで行われた社交ダンス世界選手権で、日本・アジア最高位の7位となりました。

世界ランキング89位だったのに、日本人の上位ランキングでもありライバルである名越ペアを抑えてのランクインです。

そして、その大会で来ていたドレスは、亡き両親が買ってくれたドレスをリメイクしたものでした。
両親がドレスを買ってくれたのは、キンタロー。さんが、社交ダンスで初の全国大会に出場した関西外語大学4年生の時。これを着て全国4位に入賞。
両親とキンタロー。さんの夢は「世界の舞台で踊ること」だったそうです。

そんな思い出の詰まったドレスです。

このドレスです。

そして、リメイクしたドレスを着て競う世界選手権が行われた10月15日は、偶然にもお父さんの誕生日。

天国の父と母へ届けるダンスを「感謝の気持ちで踊りたい」と世界の舞台に羽ばたきました。

 

キンタロー。さんがダンスをはじめたのは関西外語大学の時。その後全国大会で4位の成績を残すまで上達し、活躍していました。

そして、その活躍を自分のことのように喜んでいたのが母親でした。
大学卒業後、社交ダンスの講師になり、順調な生活を送っていたのですが…。

実家は不景気の影響で経営は悪化し、お母さんは自ら命を経ってしまいました。
お父さんはそのことショックを受け、病気に。

そして29歳のときに、哀しみから立ち直ることのできない父や妹のために、

「キンタロー。さんのものまねが大好きだった天国にいるお母さんに頑張っている姿を見せること。

ものまねをすれば、母親も笑ってくれるし家族も元気になる。」

と、お笑い芸人の道を志します。

お母様が亡くなってから7年後に、当時AKBのセンターだった前田敦子さんのものまねでブレイク。

TBS『中居正広の金曜のスマイルたちへ(金スマ)』の企画で社交ダンスを再開し、活躍していたころに、お父さんが病気で亡くなりました。

 

亡くなったお父さんとお母さんの夢、両親が買ってくれたドレス、父の誕生日。

たくさんの思いを抱えた世界選手権だったんですね。

「きっと天国にも届いていたと確信しています。」とキンタロー。さんは言っていました。

「うちの最愛のお母さんが いつも私に言っていた言葉があります。それは SMAPさんの『世界に一つだけの花』お母さんはこの歌が1番大好きで、生前お母さんはいつも私に言っておりました。この歌の通りの人生を歩んでほしいと。私の大切な大切な教訓でもあります。色々な御縁を感じてます。」

SMAPの『世界に一つだけの花』にも、そんなつながりがあったんですね。

 

キンタロー。さんは、父母の死について以前このように言っていました。

私の母は2007年2月に突然この世を去りました。
この世で一番大切だった母を失ってしまった私はそれ以降何をしてもどこかに空虚な気持ちがあります。
母がこの世を会った時期、大阪で働いていた私は心配して愛知の実家に帰っていましたが、たまたま残った仕事で大阪に戻っていた時に母は亡くなってしまいました。
あの時私が大阪に戻らなければ…と悔やんでも悔やみきれません。

そして父も去年病気で他界しました。入院中も妹と手分けをしてお見舞いをしていたつもりでしたが、仕事が忙しくなってからは以前ほどお見舞いに行けず、私達とまた一緒に住むことを最後まで夢見ていた父は寂しい思いで亡くなったのかなと思うとまた後悔の念が湧いてきます。

生きてるうちになぜもっと2人を助けてあげられなかったのか、そんな気持ちが押し寄せつぶされそうです。

 

あんなに元気で明るく、周りを楽しくさせてくれるキンタロー。さんにも、こんな時があったんですね。

もしかしたら、今も空虚な気持ちや喪失感はあるかもしれません。
そんな中で、天国に父と母に感謝のダンスを届けることができたこと。そして、お母さんの思いを教訓にして人生を歩んでいることは、素晴らしいことだと私は思います。
本当に、よくやられていますよね。

個人的に、キンタロー。さんは大好きなんです。
見ていて楽しいし面白いです。見ている私も笑顔になります。
これからも、キンタロー。さんを応援しています。
そして、これからも活躍も楽しみにしています(^^♪

グリーフカウンセラー 日高りえ

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